あきはママ~薬剤師の子育て奮闘記~

4歳の女の子と26週5日で産まれた874gの男の子、そして今お腹にもう一人。ブログは第二子のことがメインです。妊娠中期、出血。切迫早産→慢性早剥羊水過少症候群(caos)。

切迫早産32〜術後2ー3日目 自力でNICUへ。とめどない涙〜

こんにちは

 

あきはママです。

 

帝王切開術後の経過とNICUでの息子について書いていきます。

 

 

 

術後2日目

 

まだお腹はズキズキと痛みます。

 

相変わらず寝返りするにもいっぱいいっぱいなレベル。

 

それに加え、初乳を出すというお仕事もあります。

 

まだ自分で搾乳できるレベルには回復していないため、

助産師さんが搾ってくれます。

 

完全に寝たまま、どうぞなんとでもしてください状態。

 

しかし、26週で生まれても、体はその瞬間に母の体に切り替わるんですね。

 

母乳はしっかり出てくれました。

 

しかし、それにより子宮が収縮して後陣痛の痛みには顔をしかめないといけませんでした。

 

朝にNICUまで歩いていってみました。

 

病棟を出て、エレベーターに乗り、

 

痛みと戦いながらの長い道のりでしたが、

 

産前ずっと

 

安静に。最低限の洗面、トイレだけの移動にしておいてください。

 

と、散々歩いてはいけないと言われていたのが、

 

今は

 

辛くてもなるべく歩いてください。

 

に変わったため、

 

 

歩いて良いんだ!しかも歩けば歩くほど良いんだ!

 

 

と、自分で、自分の行きたいように歩けるのが嬉しかったです。

 

しかも向かう先は最愛の我が子

 

NICUのスタッフの皆さんは、私が帝王切開後2日目にして歩いてきたことで焦っていらっしゃいましたが、

 

もう自分の体よりも気になるのは我が子の容態。

 

旦那も先に来ていて、一緒に我が子を眺めました。

 

昨日と変わらず、一生懸命外の世界に慣れようと、生きる力を感じさせる姿でした。

 

ドクターが前日に説明していた、気胸や脳内出血などの大きいイベントが起きていなくて安心しました。

 

部屋に戻って

 

ドクターの説明。

 

肺のサポートは相変わらず最大限であるが、昨日より少しは改善が見られる

・とりえずは大きな悪いイベントは起きていないけど、相変わらず予断を許さない状況

 

とのこと。

 

昨日から怯えていた情況には陥っていなくて、まずは安心しました。。

 

その後、午後に会いに行くと吸入酸素の割合も少しずつ下げれている様子。

 

順調に回復している兆しが見えて、この日は安心したものです。

 

 

術後3日目

 

この日も朝からNICUへ。

 

酸素濃度は最大限のサポートが必要と言われていた100%から70%まで落ちていました。

 

夜間に悪いイベントも起きていなかったようで、安心して部屋に帰りました。

 

そこから旦那が来て、ドクターによる容態説明

 

さっき見た安定した姿とは打って変わって良くない報告が。

 

・順調に酸素濃度を下げていたけれど、急に不安定になり、酸素をまた最大限の100%に戻してなんとか落ち着いた。原因は不明

心臓に負担がかかっていて、血圧が高い状態。このままでは心臓、肺、脳全てにとって良くないため、血管拡張薬を使い、なんとか様子を見る。

 

 

朝、あんなに元気だったのに。。。

 

なんで。。。。

 

 

「いつも順調に回復していくとは限らないです。一進一退しながら、確実に前に進んでいけるよう努めています。」

 

と、ドクターは言ってくださりましたが、

 

やはり、覚悟はしていたとしても、

 

順調に回復していっている✨

 

と、楽観視していた心にはかなりのダメージを与えてきました。

 

泣いていても始まらない。

 

泣くまい、泣くまい、といくら頭で考えても流れてくる涙。

 

 

我が子の顔を見ていないときも流れ、

 

 

我が子の姿を見ているときでも流れ、

 

 

産後のホルモンバランスの乱れと相まってか、常に流れ出る涙。

 

産前の情緒不安定時に流していた涙とは違う涙でした。

 

あのときは悲しさや、やるせなさなどマイナスな感情がただただ襲ってきて泣いていたのですが、

 

今は頭で考えずとも涙が流れる。

 

感覚的に言うと、、

 

しんどくない涙

 

です。

 

いっぱい考えて、いっぱいいっぱいになって流す涙と違い、

 

全てのことに反射的に涙が出ます。

 

ぼーっと。流れる涙をそのままにすることにしてみました。

 

感情もほぼ失って、なんとか我が子の側にいて触れていてあげること、それと自分の体の回復に努めました。

 

しかし、また大きく感情を揺さぶられる出来事が。

 

お祝い膳

 

その日の夕食はお祝い膳でした。

 

お祝い膳が出るのは知っていましたが、3日目で出てくるとは。

他の入院患者さんとの兼ね合いだと聞きました。

 

この不意をつかれたお祝い膳に、感情を失っていた心がまた揺さぶられました。

 

お祝いの言葉と、綺麗に彩られたおかずに、お赤飯。

 


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今回の出産は、どちらかというと、

 

早くに産まざるを得なかった

 

ものであって、お祝いするような、そういう空気ではありませんでした。

 

産後も常に襲いくる不安と謝罪の気持ち

 

 

辛くていろいろ考えるのをやめてしまった心

 

 

そんな中に出されたお祝い膳は、普通に分娩した人と同じく、

 

純粋に「出産おめでとう」と「お疲れ様でした

 

と語りかけてくれました。

 

 

ああ、、、私、、ちゃんと出産したって認められて良いのか。。

 

 

どうしても、誰から直接言われても、どこか心の底から聞き入れることができなかった

 

「おめでとう」と「お疲れ様」

 

なぜか、このお祝い膳で初めてすっと私の体に入ってきてくれました。

 

まだまだ食欲が復活している段階ではなかったのですが、

 

この日のお祝い膳はほとんど食べました。

 

毎日揺れ動き続ける息子の容態と私の情緒。

 

二人で一緒に一歩ずつ、前に進んでいけたらと思います。